終末期ケアで豊かな旅立ち
| 当法人は、4苑ともターミナルケア(終末期介護)にも積極的に取り組んできました。以下にあしや喜楽苑の事例を2つ紹介します。 1つめは、大震災でご自宅が半壊したため病院を6回も転々としたあげく、93歳であしや喜楽苑に入居された女性の事例です。この方は病院を転々としているうちに病状が悪くなり、入居当初は食事も少量しかのどを通らず一日の大半をベッドで過ごされていました。認知症も進んでおり息子さんの顔も忘れていました。18年前に脳梗塞を起こし左片麻痺でもありました。この女性は、かつて大阪音楽大の前身である元大阪音楽学校でピアノ科の教授をされていました。当時はもうピアノとはまったく縁が切れていましたが、あしや喜楽苑に奇しくも同じ大阪音楽大のピアノ科出身の女性が音楽療法士として働いていました。彼女が少しずつこの方をピアノにいざないました。ご本人のプライドを大切にしながら粘り強く働きかけた結果、とうとう4ヵ月後に、唯一動く右手でショパンが弾けるようになりました。 |
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2つめの事例は、クリスチャンで海外生活もしたことのある女性の事例です。多臓器不全で大変重い状態になり入院されていました。強い信仰心を持っておられたので医師もあと1週間ぐらいと本人に告げたとのことでした。それを聞いて、「あしや喜楽苑で死にたい」と意思表示をし病院から退院してこられました。40日後に亡くなったのですが、その間、天国に召される秘蹟を神父さんにお願いして済ませ、安心しておだやかな毎日を過ごしておられました。いつも大好きな真っ赤な色の洋服を着て好物のコーヒーとたばこをあしや喜楽苑の1階の喫茶店で楽しむ姿が見られました。フォスターの曲がお好きで、「峠の我が家」や「オールド・ブラック・ジョー」をいつも口ずさんでおられましたので、職員がギターやピアノで伴奏をして一緒に過ごしました。40日目に本当に静かに息を引き取られました。ご家族が大変喜ばれ、娘さんが「ママが望んだとおりの死が実現できて本当に良かった。」と言って下さいました。お通夜には、夜勤者を残してほとんどの職員が教会に駆けつけました。そして柩を囲んで職員全員で「オールド・ブラック・ジョー」を何回も歌ってお送りしました。
このような経験をとおして職員は学びました。私たちが日々とりくんでいる豊かなケアへの努力は豊かな死を迎えるために必要なのだと。日本には「終わりよければ全てよし」という言葉がありますが、人生を終えるにあたり、最後まで自分らしく過ごし、満足して死ねる。そのような終末期を支えることがケアの原点なのだと。日々の生活を大切にし、豊かにしてこそ豊かな死が訪れる。人権を侵すようなケアの先には無念の死があるのだと。そんなことが職員の胸に落ちていったのです。




